2009年05月11日

銀座酒場通信

先日、銀座五丁目にある老舗バー「ルパン」に行ってきました。昭和3年に開設されたこの酒場には、太宰治、坂口安吾といった無頼派作家をはじめ、数多の作家、芸術家たちが足を運んだ社交場としても有名で、今なお彼らの足跡を辿るべく全国からのファンが訪れているそうな。少年の頃から太宰さんや安吾さんを敬愛してきた僕が、今頃になってここを訪れたのは遅きに過ぎたのですが、これも銀座勤めがもたらした巡りあわせなのかも。遅れて叶う出会いというのもまた乙なものです。
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何もわからないまま、安吾さんが好んで飲んだという「ゴールデンフィズ」というカクテルを注文してみました。ジュースに卵黄を入れてシェークしたものらしく、結構甘口系で、辛党の僕としてはとてもお酒を味わった気分にはなりません。銀座では銀座の酒をということなのか。無頼派の旗手こと安吾さんも案外銀座の振る舞いを熟知していて、人生と作品探求にも熱意がこもったのでしょうか。ちなみにこの日、何故太宰さんの愛飲した飲み物を頼まなかったかといえば、太宰さんは一流の道楽者ですから、きっと予算オーバーしてしまうこと必至であり、その点で、危険な香りを振り撒く女豹より、いささか口煩いが安心してつき合える堅実派の安吾さんによりシンパシーを感じていたためなのかもしれません。

よく知られているように、ここには林忠彦が駆け出しの頃に撮影した写真が展示されており、大きく額装された中には、一寸地味目にカウンターにおさまる安吾さんの姿もありました。林忠彦は当時「ルパン」を自分の連絡場所としていて、ここで知り合った安吾さんの住居に押しかけては、ごみだらけの仕事部屋で撮影した写真を発表して、話題をさらったものでした。のちにそれらの写真は「カストリ時代」という写真集にまとめられ、戦後の昭和二十年代を伝える貴重な一冊となっています。

「カストリ」とは粗悪な密造酒のこと。林忠彦が出会った当時の安吾さんの自宅では、時々仲間を集めては「カストリを飲む会」が開催されていたそうです。安吾邸にはカストリの入った石油缶がでんと置かれていて、それを仲間に振舞っていたというのだが、自分は「ルパン」でゴールデンフィズを愛飲していたのだから、安吾さんがはたして「カストリ」を好んでいたのかはなはだ疑問です。酒乱で鳴らした太宰さんや織田作と違い、安吾さんが泥酔する姿はあまり想像できません。仲間たちには安物の密造酒を飲ませつつ、こっそり高級酒をちびちびとやりながら推理小説のトリックを練っている。そんな安吾さんの姿を想像してしまうのです。それこそが無頼派の旗手として混沌の時代を駆け抜けた安吾さんの生き様ではなかったのでしょうか。

それにしても「カストリ時代」とは粋なネーミングであります。現代ならばさしずめ「発泡酒の時代」とでもいうのでしょうが、どうもピンとこないし味気ない。粋で天晴れなネーミングはないものかと悩む毎日です。考えてみれば時代を表わすキーワード、ネーミングとはとても難しいもの。現在のマスコミが多用する「ネットの時代」「未曾有の時代」なんて全然駄目。対抗できるのは一昔前に椎名誠が命名した「かつおぶしの時代」くらいじゃないかなと思うのです。芸術作品は「時代を映す鏡」ともいわれますが、なかでも写真ほどこれに当て嵌まる媒体はありません。「現代」「今日」といった時間を写し取っているのだから当然のこととはいえ、時代の息吹を見事に活写した林忠彦や安吾さんの取り組みには、益々畏敬の念を禁じ得ないのであります。

ARTの発信基地であるART BOXのギャラリーでは、5月末から7月初めにかけて写真家月間を迎えます。新旧の意欲的な写真家たちが腕を競い、時代を捉えた作品群に出会えるのですからまたとない機会です。大きな期待とともに、戦後に匹敵するほどの変化と混沌の現代のキーワードが見つかるのではないかと、密かな期待も抱いているところなのです。皆さんもぜひ足を運んでみてください。

回里純子・角田みどり写真展 5月31日〜6月5日


安藤 毅・竹内けい子写真展 6月7日〜6月12日


山口規子写真展 6月14日〜6月19日


西宮正明写真展 6月21日〜7月3日


K.K
posted by ART BOX at 13:15| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スタッフの日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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