昨年末の白日会会員選抜展に平松譲先生は椿の絵を出品していらっしゃいました。サイズはサムホールか4号程度。中心に赤い花。周囲は全面深い緑。ふわりとやわらかく優しい気が伝わってくる良い絵でした。私が知っている平松先生とは違う、という違和感が残りました。
半年後、同じ日本橋三越で平松先生の個展が催されました。風景画の大作から小品まで30点あまりの展示でした。
主なモチーフは日本の自然です。三宅島の岸壁と波涛を描いた1989年の第21回日展出品作『火山島の朝』はいかにも平松先生らしい絵だと思いました。打ち寄せる荒波とそれに向き合いそそり立つ堅い岸壁の図からは音が聞こえるような気がしました。この臨場感はどこから来るのか、堅牢なマチエールだけで説明がつくものではない、何か見落としている箇所はないだろうか…。もう一度よく絵を眺めてみました。
画面右側、岸壁の上、強風にさらされる3本の木、その周囲、黄色で描かれた道、後背の草原、さらには画面左下、波涛の渦。ここがやわらかくふわりとしたタッチで描かれていることに気づきました。ザックリと描かれた岸壁の硬さが絵の基盤となっていることに間違いはありません。それに風の力で姿を変える草木や流動する波のうねりのやわらかさを対置することで、あるいは常に動かないものと動きつづけるものとを描き分けることで、目に見える物質だけでなく、海と循環する大気の絶え間ない変容が可視化されていました。
他の作品にも同じような描き方が認められます。第36回日展の『相模川に沿って』の川と近景の木々、『野辺山高原』『原村』の山と空との際などです。教会の尖塔をモチーフにした絵もそうでした。山なみや建物と空との境界をふわりと描いた絵は100号未満の作品に多く見られました。無限のひろがりと高さを感じさせる的確で熟練した仕事でした。
堅牢なマチエールやヴィヴィッドな色彩に見られる剛直さが魅力だと思っていた平松先生が実は「柔」の画家だったようです。固定観念を粉砕される個展でした。公募展だけで画家を理解したつもりになってはいけないものです。とはいえ、白日会会員選抜展から半年間抱きつづけてきた違和感が解消されて清々しい心地がしたのも事実です。煙るような椿の茂みが平松先生のイメージを満たしていきました。 (S)
2008年07月17日
スピリチュアルな夏〜田島神楽
今日の佳き日、神楽舞を奉納いたします。
7月12日(土)うす曇。
お神楽日和の午後、わが家の近くの田島八幡神社の夏祭りに行って来ました。福岡市の住宅地に、ひっそりとたたずむ可愛らしい八幡さま。その歴史は古く、境内には「となりのトトロ」にでてきそうな、大きな楠木や銀杏の木があり、遥か昔へタイムスリップしてしまいそう...。
さて、毎年夏祭りに奉納されるのが「田島神楽」です。
神社でいただいた資料によると、元徳2年(1330年)の田島開闢時代の頃から奉納されてるそうです。
その昔、田島の東南に「こもが渕」というどんな干ばつでも水の涸れる事のない深い渕がありました。
この渕の古い主に毎年人身御供を捧げてこの渕の平穏を祈ってきましたが、これにかわるものとして神楽を奉納する事になったのが起源です。
福岡県の中でも、神楽が奉納される神社はこの田島八幡神社だけで、平成10年に福岡市無形民俗文化財に指定されました。
五穀豊穣や「天孫降臨」をはじめとする日本神話がテーマで、とっても本格的な11演目。
鉦や太鼓の奏でる単調なリズムは素朴でおおらか、笛の雅な調べは夏の午後に心地よい響きです。
装束の大きなたもとが舞うたびに風をはらみ、ふわりふわりと揺れて、涼し気です。
とても神聖で厳かな雰囲気漂う演目から、鬼が手桶に入れた水を四方に打って周囲を祓い清め、会場を賑わせたり、恵比寿さまが本物の大きな鯛を釣り上げてお供えしたり、お餅やお菓子を釣り上げ、参詣者に蒔いたりのユーモア溢れる演目まで、ずっと見ていて飽きません。こんなに神楽がエンターテイメントなものだなんて!驚きです!
お餅やお菓子をまいてくれる恵比須さまは、子どもたちに大人気!
休憩時間には、子どもの健康を祈る「鬼の頭さすり」なる神事もあり、鬼を恐がる子どもたちの元気な泣き声が境内に響きました。
最後は、天照皇大神が天の巌戸に引き蘢られたという、「オーラの泉」でもおなじみの日本神話がテーマの神楽、「磐戸(いわと)」。最後に磐戸から出て来たものは...、鏡!天照皇大神の象徴でしょうか?四人の神様が登場し、古代の日本のはじまりを華麗に舞い、感動の内に幕となりました。
「磐戸」のワンシーン
昨年この地にお引っ越しを決めた時には、こんな素敵な神楽のある街だとは思ってもみませんでしたが、これってもしかして、偶然ではなく必然?神様を身近に感じ、こうして私のちょっぴりスピリチュアルな夏の一日が暮れてゆきました。


