美術界に身を置く者なら誰でも知っているような
大家でなくとも、ひっそりと良い絵を描きつづけている画家が現代の日本にもたくさんいます。この2月に亡くなった小島喜八郎先生がその一人でした。
1935年に
埼玉県飯能市に生まれ専門的な
美術教育を受けることなく西武鉄道に入社した小島先生は、白木正一・早瀬龍江夫妻に
出会い絵画制作を始めます。埼玉県展や日本水彩画会展への入選を経て、1958年から1978年まで美術文化協会に出品をつづけます。安井賞展・現代日本美術展・現代日本美術展などにも入選し、地元飯能などでの個展中心に活動してこられました。
70年代に描かれた、皺だらけの紙の上に実像とも虚像ともつかないイメージを展開する連作もさることながら、小島先生の代表的な仕事は80年代の「草」シリーズだと思います。日本の田舎に行けばどこでも見かけるような何の変哲もない草むらを丹念に描いたフォトリアリズムの絵画です。一日中草むらに身を沈め、雑草の一本一本を、節や葉の虫食い穴を、草のしなりを、枯れた部分を、光と影を凝視しつづけ、すべてを一分も漏らすことなく描きました。
フォトリアリズムの手法のみならず草むらをモチーフとすることすら今では何の新鮮味もないことかもしれません。しかし、小島先生の作品には20年を経た今でも観る者を唖然とさせる力が漲っています。
「あそこでやりたかったことは、思考や感性を停止して没我的に映像を写し取ることで、一草一草なぞらえ、映し出された
イリュージョンの草と、その背後に横たわる茫茫とした叢に帰一してゆくことだった。」
「おし黙って〈草〉を描いた。まるで写経のように。もう絵でなくても何でも良かった。」
人に見せるための
テクニックも巧い絵を描こうという自意識さえかなぐり捨てて、ただひたすら100号・150号の大画面を草で埋め尽くすことに徹した執念は底知れず、ほとんど悪魔的な域に達しています。制作意図を読み込めば理屈の上では納得できるとしても、情緒ばかりか自分自身すら滅却するような絵を同じ人間が描いたということ自体が私には信じられませんでした。「これはこのような動機で描かれた絵である」という類の理にかなった説明を聞いたとしても絵の前に立てば
説得力を失います。本当に力のある絵・良い絵はそのようなものなのだと思います。
近年、小島先生は絶えず風景を変容させる風を可視化しようとする、「風」シリーズに取り組んでいらっしゃいました。雑草だけでなく花や木々が描く風の軌跡には、必然的に時間の流れが含まれています。にもかかわらず絵を観る側の意識の時間を静止させてしまいます。森を散歩している時、緑の匂いにはたと立ち止まる瞬間のように。
私は先生のご生前に一度だけお会いする機会がありました。その節は山ほど訊きたいことがあったのに通り一遍のご挨拶しかできませんでした。礼を失しない範囲で人との関わりを急いだほうがいい場合もあるものです。わずかながら後悔が残りました。
一期一会ながら面識を得た立場として、作品に心を動かされた個人として小島先生の画業を一人でも多くの方に伝えていければ幸いです。1957年から2005年までの代表的な仕事をまとめた作品集は
東京都美術館や東京都現代美術館の資料室で閲覧可能です。折を見つけてご覧になるようお薦めいたします。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。(S)
posted by ART BOX at 21:51| 東京

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